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  3. 贅沢時間を作り上げた大将の心意気【新潟・越後六日町温泉 かわら崎 湯元館】
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上越線六日町駅からわずかに徒歩5分。関越自動車道六日町ICからクルマで3分。向かいは中学校。ジャスコなどのマーケットも遠くない。これだけ便利な場所でありながら、この宿には特別な時間と空間がある。湯船はすべて循環なしの源泉かけ流し。ひと部屋ごとに露天風呂が用意され…。
障子を開ければ庭と露天風呂が見える

ひと部屋ごとに露天風呂と足湯を設置

湯元館の名の通り、新鮮な湯が注がれる

日本海の幸、南魚沼の山の幸が食卓に並ぶ

最高のごちそう、南魚沼のコシヒカリ

越後六日町温泉 かわら崎 湯元館
●住所:新潟県南魚沼市六日町272
●泉質:単純温泉(アルカリ性高温泉)pH7.9
●源泉温度:56.2度 湧出量530L/分
●宿泊1泊2食1万5800円~
TEL:025-772-2438


「へ・い です」。「ですので、へいなのです」 電話に対応している女将の声が聞こえてきた。この宿と親しくなってずいぶん経ってからだ。
「どうしたの?」、電話を切った女将に尋ねてみた。
「予約をご検討していただいている方からの電話だったのね。窓からどんな景色が見えるかとおっしゃるので、塀ですと応えたのだけど、わかっていただけなくて…」と、人のよさそうな笑顔を見せる。

初めて訪れたのは、もう37年も前になる。前年は大きな岩風呂をもつ五十沢(いかざわ)温泉ゆもとかんに泊まった。翌年もとグループの旅を企画したのだが、あいにく満員で断られたため、同じ六日町地区のかわら崎 湯元館に場所を変えた。 こちらも源泉かけ流し、そして露天風呂が売り物だ。

宿の前にクルマを止めて、建物を見て「うーむ」と思ったのが第一印象だ。鉄筋でできた建物はとくに特徴がなく、地方都市にありがちなビジネス利用が可能の宿だったからだ。

温泉は確かに本物だった。大浴場には内湯と露天があり、飲泉許可をとっている新鮮な湯が注ぎ込まれ、贅沢にかけ流されていく。それは温泉宿としてもっとも素晴らしいことではある。
しかし、それ以外はほどよい料金というほかに、とくに印象に残っていない。
夕食を片付けた従業員はさっさと引っ込んでしまうから、寝る前にビールを注文しようとしてもままならず。仕方ないから冷蔵庫から勝手に持ち出して、それを宿のおばあさんに見つかって、大将に怒られる羽目になった。

通常だったら、37年前のこのときに、「もう二度と来るのはやめよう」となっていたかもしれない。

しかし、そうならなかった。
翌日、宿泊した仲間のひとりに、「温泉達人」としてテレビなどに出演していた野口悦男さんがいることを大将に告げた。
今から思えば、その時の大将は温泉宿の未来を模索していたのかもしれない。「もしよければ、今までまわってきた温泉宿の話を聞きたい」となった。
なんでも包み隠さず、意見をはっきりと言う温泉達人は、ずいぶん辛辣な言葉をはいたと記憶している。

それから、大将の奮闘が始まった。

試行錯誤のうえ、外観をノスタルジックな古民家風にした。
露天風呂の形状を変えたり、温泉湯船付きの部屋を造った。
メゾネットタイプの部屋を新調して、1階は寛げる和室と部屋専用の露天風呂、2階をベッドルームにした。
これなら、いつだって温泉に入れるし、昼寝だってすぐにできる。
筆者はこの宿に行く時に、できる限り2泊する。
中日は裸でほとんどの時間を過ごし、好きに温泉に浸かり、読書をしながらの長湯を楽しむ。朝湯を浴び、午前酒を堪能し、昼寝をむさぼるのだ。

37年もの歳月はあっという間に過ぎる。

かわら崎 湯元館は全室源泉かけ流しの露天風呂をもつ。加えて足湯も個室の庭に設置した。全室メゾネットタイプながら、少人数用の部屋、グループや三世代にも十分な大型部屋も用意した。

廊下には懐かしい駄菓子コーナーを設け、サービスの駄菓子やみかんなどを置いた。
フロント横の囲炉裏のコーナーには時期にもよるが、マシュマロやお餅が用意される。
外観は「田舎の我が家」といった風情だから、ゲストたちも実家に帰ってきたかのように、囲炉裏で餅やマシュマロを焼き、それを口に運ぶ。

田んぼが横にあるものの、駅から徒歩5分の宿だから絶景は望めない。周囲の目もあるから塀で囲むのも仕方ない。
女将が「窓から見える景色は塀です」と、正直に電話で応えた通りだ。しかし、そのぶん駄菓子コーナーを設けたり、部屋以外にも共同の温泉湯船や露天風呂を設置した(これが密かな穴場だ。ゲストの多くは部屋の源泉かけ流し風呂に入るから、大きな共同露天風呂が空いているのだ)。

食事はこの宿のもう一つの宝である。
決して、手が込んだ懐石料理などではない。しかし、日本海の幸をふんだんに取り入れ、地元のキノコ類などを取り入れ、素材を最大限に活かす。しかも、その量ときたら…。
なぜ、素材の味を大事に、シンプルな料理に仕上げるかには理由がある。この土地の最高の名産が新潟県南魚沼産の「コシヒカリ」である。
契約農家から宿に届くコシヒカリは、つやが抜群。噛めば噛むほど味わい深い超一流品。
その米に合わせるには、料理はシンプルでいい。

今の宿の基盤ができるまで、大将はずいぶん裏で苦労したのだろうと思う。それでも、温泉達人やお客様の声を聞いて、「どうしたら喜んでもらえるか」を考え続けてきた。

筆者はその様子を30年以上にわたって見てきた。 宿を訪れるたびに大将が、「これ、へへへ」と照れくさそうに目尻を下げて笑いながら、新しい湯船や部屋などを見せてくれた。
なかには「どうしたものかな」と、胸の内で首を傾げた美術館のような企画もあったが、今から思えば大将が考えたアイデアのほとんどが、客の快適性に直結するものだった。

大将がいろいろなことにお金をかけ、それを実現するのを常に見守ってきたのが女将だ。
そのふたりの姿を長女と息子たちは目に焼き付けてきた。

長女は大学を卒業後、地元の八海山酒造に勤務し、ビールの開発などに携わっている。そのビールは宿でも提供された。
やがて長女は八海山酒造で働く男性と結ばれる。八海山酒造の酒も、客をもてなすひとつの要素になった。
銘酒・八海山と地域の食材と至福の米。加えて贅沢な湯。工夫された外観に寛げる部屋。ほかに何を望もうか。

さまざまなアイデアを実現し、ビジネス利用が多かった温泉宿が、野口悦男さんが認める「温泉遺産」の宿となった。
もちろん、立役者は大将と、彼を支えた女将だ。

その大将が、3年前に亡くなった。

筆者は大将亡き後のかわら崎 湯元館がイメージできなかった。
でも、今は違う。女将を中心に長女、息子たちの家族経営ではあるが、それぞれが個性と特徴を活かし、父の遺した財産を大切に守っている。それに加え、新たな試みも行われ始めている。

訪れれば、極上の時間がある。
そこに大将の姿はないけれど、大将が描いた理想の温泉宿に向かって、この37年間と同様にこの宿は進化を続けている。

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練馬ICから関越自動車道利用で六日町ICまでクルマで約120分。新潟西ICから六日町ICまでクルマで約90分。六日町ICより約3分。
< PROFILE >
篠遠 泉
出版社勤務時はスポーツやアウトドア、旅関連ムックの編集長を務める。山と溪谷社より共著で『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』を上梓。旅雑誌などに連載中。
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